フレンドパークのパジェロコール真相!当選芸能人の税金と消えた理由
1990年代から2000年代にかけて、月曜夜の茶の間を熱狂の渦に巻き込んだ伝説のアトラクションが存在します。TBS系列の大型バラエティ番組『関口宏の東京フレンドパーク』のクライマックスを飾った「ビッグチャレンジ」です。観客席と視聴者が声を揃えて叫んだ「パジェロ!パジェロ!」という地響きのような大合唱と、高速回転する巨大ルーレットにダーツの矢が吸い込まれる瞬間の緊張感は、平成のテレビ文化を象徴する光景でした。
しかし、豪華賞品の代名詞であった本格四輪駆動車「三菱 パジェロ」の獲得劇の裏には、テレビ画面には映らない生々しい現実が存在していました。夢の車を射止めた芸能人を悩ませた高額な税金の壁、時代とともに起きた景品車種の変更劇、そしてパジェロ自体の生産終了に至る激動のドラマです。2026年の現在、エンターテインメントの歴史的資料や関係者の証言、当時の税務データを再検証し、あの熱狂の構造と知られざる舞台裏を明らかにします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「パジェロ!パジェロ!」の大コールは、観客の自発的熱狂と番組演出が融合して定着した平成テレビ史に残るキラーフレーズである。
- 要点2:当選した芸能人には車両本体価格に応じた高額な「一時所得」の所得税・住民税が課され、数十万〜百万円超の自腹負担が発生していた。
- 要点3:スポンサー事情やリコール問題、国内SUV人気の変化に伴い景品はデリカD:5等へ変更され、パジェロ自体の生産終了とともに伝説となった。
【熱狂の原点】「パジェロ!パジェロ!」コール誕生の裏舞台とダーツの仕組み
『関口宏の東京フレンドパーク』の前身である『ムーブ・関口宏の東京フレンドパーク』がスタートした1992年10月、番組のラストを飾る運命のゲームとして誕生したのが「ビッグチャレンジ」でした。数々のアトラクションをクリアして獲得した金貨をダーツの矢に交換し、回転する巨大ボードめがけて投げ込むこのゲームは、シンプルでありながら極限のドラマを生み出す構造を持っていました。
象徴的な「パジェロコール」の由来は、単なる台本上の指示にとどまりません。当時、日本国内は空前の「第1次RVブーム」の真っ只中にありました。その頂点に君臨していたのが、パリ・ダカールラリーで圧倒的な強さを見せつけていた三菱自動車の本格オフローダー「パジェロ」です。街乗りでもアウトドアでもステータスシンボルとなった高級SUVは、当時の視聴者や出演者にとって「誰もが喉から手が出るほど欲しい憧れの象徴」でした。
司会の関口宏氏がダーツを構えるゲストの背中を押し、副司会の渡辺正行氏がドラムロールとともにスタジオ観客を煽るなかで、自然発生的に生まれた手拍子と連呼。それが演出陣の手によって定型化され、番組を代表する熱狂のコールへと昇華しました。回転ルーレット上に用意されたパジェロのスペースは決して広くありませんでしたが、視覚的なインパクトと会場の一体感が、お茶の間の視聴率を押し上げる最大の推進力となったのです。

【税金のリアル】番組でパジェロが当たった芸能人に待ち受ける「重税の現実」
視聴者にとっては夢のような車輪のプレゼントでしたが、実際にダーツを命中させた芸能人の前には、極めて現実的な「日本の税制」が立ちはだかりました。クイズやゲーム番組で獲得した高額賞品は、税法上「一時所得」として扱われます。
一時所得の計算式は「(賞品の時価評価額 - 特別控除50万円)× 1/2」となり、この金額がその年の総所得に合算されて累進課税が適用されます。当時番組で提供されていたパジェロの上位グレードは、車両本体価格にして約350万〜450万円前後でした。すでに高額な出演料を得ている人気タレントの場合、所得税の最高税率(住民税と合わせて約50%超)が適用されるケースが一般的です。
当時の特番インタビューやタレントが自著・トーク番組で明かした実体験によると、夢の車を射止めた翌年の確定申告において、「100万円から150万円前後の現金納付」が追加で発生することになりました。さらに自動車税、重量税、自賠責保険料、都内の高額な月極駐車場代が毎月重くのしかかります。
そのため、免許を持っていない若手アイドルや、すでに自家用車を所有していたベテラン俳優のなかには、家族や親族に名義変更して譲渡したり、納車後すぐに専門業者へ売却・換金して税金の支払いに充てたりするケースが後を絶ちませんでした。「当たって大喜びしたものの、後からマネージャーに納税額を聞かされて青ざめた」というエピソードは、華やかなテレビ業界の裏にあるリアルな通過儀礼だったと言えます。
【歴代データ比較】フレンドパークの景品車変遷とビッグチャレンジの実態
番組の歴史を通じて、ビッグチャレンジの景品ボードに掲げられた車両は時代背景やスポンサーの戦略によって推移していきました。歴代の主な景品車と番組内での位置づけを比較データとして整理します。
| 採用時期 | 主な景品車種(三菱自動車) | 当時の推定車両価格帯 | 番組内での役割と時代背景 |
|---|---|---|---|
| 1992年〜2000年代初頭 | 2代目・3代目 パジェロ (パジェロミニ併設期あり) | 約280万〜450万円 | RVブームの頂点。「パジェロコール」が国民的流行語となり、番組の象徴として君臨。 |
| 2004年〜2005年頃 | コルト / グランディス 等 (一時的な提供自粛・変更) | 約150万〜250万円 | メーカーの不祥事に伴うCM自粛期を経て、コンパクトカーやミニバンが一時的に登場。 |
| 2007年〜2011年(レギュラー終了) | デリカD:5 / パジェロ(4代目) | 約260万〜400万円 | ミニバン人気へのシフトを受けデリカD:5が登場。「デリカ!デリカ!」コールも誕生。 |
| 2017年〜2021年(特番期) | エクリプスクロス / ミラージュ 等 | 約160万〜320万円 | パジェロの国内販売終了を受け、最新クロスオーバーSUVや小型車へ完全に移行。 |
初期はフラッグシップであるパジェロの独壇場でしたが、若年層の車離れや女性ゲストへの配慮として軽自動車の「パジェロミニ」がサブ景品として追加されるなど、時代に合わせたマイナーチェンジが繰り返されていました。

【消えた決定打】なぜパジェロは景品から降板したのか?企業危機と時代の激変
長年親しまれた「パジェロ」の名がダーツ盤から姿を消した背景には、テレビ番組の枠を超えた自動車産業の構造変化と企業危機が存在します。
第1の要因は、2000年代前半に発覚した三菱自動車の「リコール隠し問題」です。社会的な大バッシングを受けるなかで同社は一時的に番組スポンサーを降板し、CM放送の自粛を余儀なくされました。この期間、ビッグチャレンジの盤面からパジェロの文字が消え、番組独自調達の別車種や旅行券などへ差し替えられる事態が発生しました。
スポンサー復帰後も、消費者のニーズは本格クロスカントリー車から、燃費性能に優れ室内空間の広いミニバンやクロスオーバーSUVへと急速にシフトしていきました。その結果、三菱の看板車種となった「デリカD:5」への景品変更が行われ、客席からは「デリカ!デリカ!」という新たなコールが響くことになります。
決定打となったのは、2019年のパジェロ国内販売終了(2021年に海外向けを含め完全生産終了)です。歩行者保護基準の強化や環境性能への対応、市場縮小が重なり、37年の歴史に幕を閉じたことで、フレンドパークのダーツにパジェロが復活する物理的な道は完全に閉ざされました。時代のスター車種とともに歩んだ番組の宿命的な幕引きでした。
【実態検証】実際にパジェロを当てた芸能人たちの「その後と現場エピソード」
ダーツの矢が見事にパジェロのエリアへ突き刺さった瞬間、スタジオは割れんばかりの歓声に包まれました。数々の挑戦者のなかでも、強運を発揮して実車を獲得した芸能人たちのエピソードは今なお語り継がれています。
アクション俳優の哀川翔氏は、無類の勝負強さを見せて見事にダーツをパジェロに命中させ、周囲の度肝を抜きました。また、TOKIOの長瀬智也氏やKinKi Kidsのメンバーなど、ジャニーズ事務所(当時)所属のトップアイドルたちも番組内でドラマチックな引きの強さを発揮し、視聴者を沸かせました。
俳優の山田孝之氏が若手時代に出演した際にも見事なコントロールで車を獲得。納車された車両を前にした記念撮影や、当時の現場スタッフが語る「リハーサルではまったく当たらなかった本人が、本番の1投で中央の細い枠に吸い込ませる奇跡」など、数々の伝説が生まれました。
一方で、獲得した芸能人たちの管理事情はさまざまでした。地方在住の両親へプレゼントして親孝行を果たした美談がある半面、前述の通り都内の駐車場事情と高額な維持費に耐えかね、納車手続き完了後に即座にディーラーや買取店へ相談したという現実的な告白も、後年のバラエティ番組等でオープンに語られています。

【社会学的分析】なぜあのダーツは日本中を熱狂させ「共有体験」となったのか
メディア社会学および集団心理学の観点から分析すると、フレンドパークのダーツが獲得した圧倒的求心力には明確なメカニズムが存在します。
第1に、「コールアンドレスポンスによる視聴者巻き込み効果」です。スタジオの観客とテレビの前の視聴者が同じ単語をリズミカルに叫ぶ行為は、心理学における「同調バイアス」と「擬似参加意識」を極限まで高めます。自分が応援するタレントの成否を、まるで自分の利益であるかのように錯覚させる強力な没入感を生み出していました。
第2に、「可視化された運と技術のハイブリッド構造」です。完全に運任せの宝くじとは異なり、ダーツという「本人の投擲技術」が介入する余地を残しつつ、回転盤という「予測不能な物理的要素」が絡み合うことで、ドーパミンの分泌が最も促される不確定状況を作り出していました。
【プロの結論】昭和・平成から令和へのエンタメ構造変化と教訓
令和のデジタルメディア環境では、個人のスマートフォンに最適化されたオンデマンド配信やショート動画が主流となり、視聴体験は極限まで「パーソナライズ(個別化)」されました。しかしその代償として、世代や家族を超えてひとつのフレーズを叫び、同じ瞬間に息を呑む「メガヒット級の共通体験」は生まれにくくなっています。
「パジェロ!パジェロ!」というコールが持っていた熱量は、テレビが家庭の中心にあり、全員が一つの画面を囲んで同じ感情を共有できた時代の到達点でした。現代のコンテンツ制作においても、単なる情報提供にとどまらず、「いかに受け手を巻き込み、能動的な共同体験へ昇華させられるか」という点において、当時のフレンドパークの演出手法は色褪せない教訓を示しています。
【パジェロ パジェロ ダーツ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:番組でパジェロが当たった場合、現金での受け取りや賞品の辞退は可能だったのですか?
A1:原則として番組の規定上、賞品そのもの(現物)の授与となっており、TBSのスタジオで直接現金を渡されることはありませんでした。ただし、納車後に当選者本人の意思で買取業者に売却し、実質的に換金することは法的に可能であり、税金対策として実際に換金を選んだタレントも存在しました。また、受け取り自体を辞退することも権利として可能でしたが、番組の盛り上がり上、辞退した例は極めて稀です。
Q2:「パジェロ!パジェロ!」のコールは誰が最初に指示した演出だったのですか?
A2:演出陣があらかじめ用意した基本台本をベースにしつつ、副司会の渡辺正行氏が観客席に向かって手拍子をリードし、客席側がそれに応えてヒートアップしたことで定着した共同作業の産物です。初期の放送で観客の反応が非常に良かったため、以降は名物演出として完全にフォーマット化されました。
Q3:ダーツのルーレットでパジェロの当たる確率はどれくらいに設定されていたのですか?
A3:ルーレット盤全体の面積に対するパジェロのエリア比率は、時期やレイアウトによって若干異なりますがおおむね約10%〜15%程度と推計されていました。ゲストが獲得した金貨の枚数(投擲できるダーツの本数)が多ければ多いほど累積確率は上がりますが、回転する盤面に対する命中精度や緊張感から、体感的な難易度は非常に高い設定となっていました。
まとめ:平成の象徴「パジェロダーツ」が遺したエンタメの金字塔
『関口宏の東京フレンドパーク』のダーツと「パジェロコール」は、単なるテレビ番組のプレゼントコーナーを超え、ひとつの時代を象徴するポップカルチャーでした。憧れの高級SUVをめぐる熱気、命中した瞬間の歓喜、そして舞台裏でタレントたちが直面した現実的な税金と維持のドラマまで、そのすべてが平成という時代の力強さを物語っています。
車種としてのパジェロが生産終了を迎え、テレビのあり方が大きく様変わりした2026年の現在であっても、「パジェロ!パジェロ!」のリズムを聞けば、誰もがあの瞬間の胸の高鳴りを鮮明に思い出します。視聴者をひとつに束ねたあの熱狂の仕組みは、デジタル全盛の時代を生きる私たちにとっても、色褪せることのないエンターテインメントの本質を教えてくれています。 (出典: パジェロ パジェロ ダーツ(Yahoo!ニュース))